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西洋音楽史第11回。

講義を聞いて書き殴ったものをそのままup。大衆がコンサートホールへ行きチケットを払って音楽を聴く、というのは19世紀に確立されたもの。

 

19世紀はクラシック音楽の黄金時代。魅力的な作曲家を輩出。それが仇となって、木を見て森を見ず、ということになってしまう。全然共通性が無いという逆説的なものに。オリジナリティを追求しているので、多数の作曲者を。型、というものを踏襲することを、バッハやモーツアルトは。決定的な個性を求めないと大作曲家にはなれない時代。これまでは職人に徹して、あらゆるジャンルを手がけないといけなかった。19世紀はオリジナリティに特化。ローカルカラーを持つことも、特定の国家の民族色に特化。国民国家の時代に対応。800人近いミュージシャンによる曲。騒音と同じ?誇大妄想的。ホール全体が響く音楽。文字通りロマンチック。昔と同じ和声的な音楽だけど、和声的な音楽の枠を拡大。半音階化。音楽に色がつけられる。自然の色の追求。音の心理学化。心理のひだを半音階進行で表現。不協和に。半音階からのダイナミック化、過剰な使用は両刃の剣。半音階化すると目的の音が良く分からなくなってしまう。何時まで経っても終わらない。あてどない放浪。壮大なものに突き進むマンモス的な曲、反面ミニチュアな傑作にも。両極端を目指す。19世紀はロマンチックな時代では無かった。資本主義的な時代。現実からロマンが失せるから、聴衆は音楽にロマンを求める。職人による楽器の改造。各社が争って技術開発を。大音量を可能にする数々の工夫が。複雑な音階も可能になるよう。非常にメカニックな側面。様々な教本。ありとあらゆる音楽に対応する為のエクササイズとしての練習曲の登場。技術開発としてのロマン派。技術から発想された曲。